第156章

大島莉理は、その声を耳にして足を止めただけで、振り返らなかった。

落ち着いた足音が少しずつ距離を詰める。数年嗅ぎ慣れた匂いが、ふわりと彼女を包み込んだ。

そよ風が通り抜けると、その気配は薄まったようにも思える。

「今日は取引先と食事してさ」

田中尚哉の声は相変わらず低く、耳に心地いい。大島莉理にだけ向ける柔らかさを、きちんと含んでいる。

「相手から贈り物をもらったんだ。こういうの……お義父さん、喜ぶと思って」

大島莉理は振り返った。

田中尚哉は、飢えたみたいに彼女を見つめていた。会わない時間が続いた。会うのが怖かったのだ。

離婚という現実を、直視したくなくて。

けれど、想い...

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